Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-25-2008

どうやらやっぱり DHC (Dance Hall Crashers) の復活はないみたいだなぁ.いつまでもうっすらと期待していたのだけど.オフィシャルブログの「最近のニュース」も2年近く前だしね.

初めて聴いてから15年だなぁ.

その頃は,スカといえば Desmond Dekker (You Tube) とかを聴いていたんだけど,DHCからいろいろ広がった.Operation Ivy とか Rancid とか Ska-P を(ちょっと)聴いていた時代もあったしね.でもちょっとハードすぎるんだよね.エスカピーはそうでもないか・・・Ska-core.DHC は言うなれば Ska-pop だ.

で,DHC の代わりに The Incredible Heat Machine (Myspace のページは無くなってしまった).なんだか似すぎているのが気にならないでもないけど.軽くスチャスチャしたい気分の時にはぴったりだ.まだ,地元のネブラスカから外にはあまり出ていないようだけど.DHC みたいに日本まで届くかな?

ネブラスカでスカですか?

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-23-2008

昔,キックオフ86というテレビ番組があった.1986年のことだ.その後年が変わる度にキックオフ87,キックオフ88と名前を変えて行き,今でも Kick Off として存在する.静岡第一テレビ のとあるアナウンサーの コラム によると,日本初のサッカー専門情報番組ということだ.

静岡県内のサッカー情報(主に高校サッカー)を提供する番組だった.放送時間は日曜日の早朝だったけれど,お昼頃だった時代もあったような記憶もある.15分の短い番組だけど,高校サッカーの試合の映像はまれだった時代なので,毎週楽しみにしていた.

その司会進行役(って他にはまれにゲストがいるだけだけど)が 『キャプテンみのる』 だ.変なめがねをかけて,いつもピチピチの高校サッカーのユニフォームを着ていた.「今日のユニフォームは○○高校です!」って感じで.エンディングで「キックオフ!」とか叫んだ後,『その場全速かけあし』をしていた.ま,細かいところの記憶違いはあるかもしれない.とにかくピチピチのユニフォームとその場かけあしだけは確かだ.自分で 『キャプテンみのる』 を名乗っていた.

その後,(あるいは同時期なのかもしれないけれど) 夕方のニュースを見ていたら,その 『キャプテンみのる』 がニュースを読んでいた.普通に.「今朝未明,小笠郡大東町の国道150号線ぞいのスナック「由美」から出火し,隣のスナック「かおる」が半焼・・・」とか普通に.まじめにスーツを着てめがねなしでニュースを読んでいた.

『キャプテンみのる』 は,実は 田辺稔 というごく普通のアナウンサーだった.ま,今になって思えば,全然不思議ではないけど,『キャプテンみのる』 の裏に普通のアナウンサーとしての顔があったことが驚愕の事実だった.

静岡出身の人(ま,30より上・・・)なら誰でも知ってる有名人なのかな,キャプテンみのる.

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-21-2008

ま,ほぼ誰も興味ないだろうけど,うちの癌センターの新しいディレクター (一番偉い人) が決まった.

ヴァンダービルト・イングラム癌センター (Vanderbilt-Ingram Cancer Center) は1993年に設立された.なんだか古めかしい写真だけど,たかだか15年前だ.写真の左から二番目が初代ディレクターのモーゼスさん.2005年にディレクターを辞めるまでにかなりの実績を残した.生物統計の地位を確立してくれたのも彼の大きな功績のうちのひとつだ.癌センター内では,良い研究をするには生物統計が不可欠でそれ相応の代価を支払わなくてはならない,というのがある程度理解されている.(統計なんて研究の最後の方でちょこちょこっと ただで できるもんだ,と思っている研究者は非常に多い.)

2005年にモーゼスさんの後を継いだのがDさん.モーゼスさんとは逆で,彼はあまり生物統計の価値を理解していなかったようだ.ちょうど戦争の影響などによる研究費削減(ま,頭打ち)と重なって,生物統計に回ってくる予算も以前ほどの伸びではなくなり始めた.そこまであからさまではなかったけど 「苦しくなったら生物統計から切っちゃえ」 とか考えていたかもしれない.生物統計センター長もかなり不利な戦いを強いられていた.

しかし運良くDさんが別の大学からヘッドハントされて1年ほどですぐ退任.その後,先週まで1年ほど跡継ぎが決まらなかったけれど,結局そのあいだずっと仮ディレクター (interim director) を勤めていた ピーテンポールさん に決定.生物統計センターとの関係も良好な人だ.初代ディレクターのモーゼスさんの教え子なので,モーゼスさんと仲の良いうちの生物統計センター長は,万が一の時はモーゼスさん経由でプレッシャーをかけられると言っている.ま,その必要はたぶんないだろうけど.

考えようによっては,ディレクターが誰かで立場が危ぶまれるというのはちょっと悲しい.ま,でもうちは生物統計としてはかなり恵まれている状況にあると思う.

アメリカの National Cancer Institute (国立癌研究所) 指定の Comprehensive Cancer Center は今日現在39ある.(Comprehensive というタイトルはNCI が定めるいくつかの領域で高いレベルの研究を維持していないと取り上げられてしまうので,その数は変動する.) Vanderbilt も2001年に comprehensive のタイトルを獲得しているので,そのうちのひとつだ.

癌センターのディレクターが MD じゃなくて PhD というのは珍しいんじゃないかな?と思って調べてみた.ピーテンポールさんがそうなので.NCIのページの リスト によると,39人中4人だけだ.だから何だ,と言われると困るんだけど.さらに女性というのは珍しいんじゃないかな?と思って調べてみた.ピーテンポールさんがそうなので.もうひとりいた. だから何だ,と言われると困るんだけど.

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-15-2008

去年の3月のニュースなんだけど・・・

イギリスのスクラッチくじ, "Cool Cash" というのが,発売後わずか5日で販売中止になったというニュース.

このくじ,テーマが冬で,防寒具に身を包んだペンギンのイラストがある.スクラッチする大きな窓に現れる気温と,3つの小さな窓に現れる気温を比べて,3つのうちいくつが大きな窓の気温より低いかで獲得賞金が決まる.寒い冬がテーマなので,ほとんどの気温はマイナス.

このくじが販売中止に追い込まれた理由 : マイナスの数字の大小がわからない人が多すぎた.

お店で買ってその場でスクラッチする.大きな窓に -8 と出る.小さな窓に -2, -6, -7 と出る.えぇと,3つとも -8 より小さいじゃん,大当たりだ!お店の人がチェックして「おめでとう!」と言う.でも実際にスキャンすると「外れ」と出る.で,くじの会社に電話で説明を求める.

「3つとも小さい数字が出たのに『外れ』と出るのはなんでだ?」 そういう質問,あるいは苦情が多すぎたので,販売中止になったということだ.

アメリカでも無理そうだね.ま,摂氏ではなくて華氏を使っているからあまりマイナスの気温になることはないけれど.

日本ではだいじょうぶかな?

Manchester Evening News の元記事

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-12-2008

→ その1
→ その2

その3 無音の世界で

テコパとシュショーニの間に信じられないものをみつけた.Hot Spring-温泉だ.こんな所に温泉があるとは!その施設の周りには何台かのキャンピングカーが停まっていたので,ある程度有名らしかった.全く計画の無い旅で温泉を見つけるとは,なかなかついていた.温泉にはまた後で来ることにして,そのままシュショーニを目指した.シュショーニはテコパよりは大きな街だった.小さなレストランもあるし,ガソリンスタンドもある.デスバレー国立公園の入口の街だ.

シュショーニからテコパへ帰る途中,ターセルを降りて散歩をした.周りはひたすら砂漠.しかし,砂の砂漠ではなく,ごろごろと岩が転がっていて,短い草も生えていた.僕が求めていたサボテンはなかった.ターセルを道端に止めて,少し道から離れて行った.不安になるので後ろを振り返りつつ.しばらくしてなぜそんなに不安になるのかが判った.

全く音が無い世界に僕はいた.音はしているが聞こえていないのではなくて,全く音が存在しなかった.風も吹かず,動いているものは何もない.道はまだ見えたけれど,シュショーニを後にしてから車を一台も見かけていなかった.

暗闇で何も聞こえないというのは不思議な感じはしない.目にはいろいろ見えているのにそこに付随すべき音が全くしない,というのがとても怖かった.僕はこんな場所にいていいのだろうか?こんな場所で何をしているのだろう?

10年たった今でもこの旅のことを思い出す時に,最初に思い浮かぶのはこの時見た風景と,その風景に音が無かったということだ.ターセルがとても頼もしく思えた.

その時僕は30分程砂漠に座っていた.一度音の無い世界を事実として受け入れてしまうと,不安は少し和らいだ気がした.ターセルが見える所にいれば大丈夫・・・だんだん暗くなっていくその無音の世界でいろいろなことについて思いをめぐらせた.

自分の鼓動と呼吸の音以外は完璧な無音だった.その時思ったこと,考えたことは今となっては色あせてしまったけれど,その無音の世界は今でも僕の心の中にはっきりと残っている.

その日の夜,温泉に向かう途中,ターセルを停めてもう一度無音の世界に行ってみた.そこは一面の星空だった.僕の五感が届く範囲には音を出す物が全くない場所で,もちろん月と星以外の明かりはない.こんな圧倒的な星空は見たことがなかった.僕はその世界でひとりぼっちで,それがすごくうれしかった.長い一日だったけれど,ベッドの中で雨の音を聞きながら砂漠に行こうと決めてから,12時間程しか経っていなかった.明日になるのが待ち遠しかった.

・・・

追記

・テコパの温泉は屋内プールになっていた.アメリカでは珍しく,水着の着用禁止の温泉プールは,なかなかの広さだったけれど,やっぱり誰もいなかった.デスバレーはとにかくひとりになるにはうってつけの場所だった.
・この温泉の入場は無料だった.
・結局デスバレーには予定より多く4泊した.デスバレー自体は国立公園になっているのである程度観光客も多くいる.しかし全体が広いので比較的行き易い有名なスポットを除けばやはりほとんど人がいない所だった.建物の残骸だけが残っているゴーストタウンが幾つかあった.
・ターセル1:この旅でのターセルの走行距離は2000マイルにもなった.5日間で3200キロ運転したことになる.
・ターセル2:全く車を見かけけないまっすぐな道で、僕のターセルの限界に挑戦してみた.時速95マイルが出たけれど,ターセルはまだがんばれたけれど,僕が怖くなったので,100マイルには届かなかった.
・ターセル3:この旅の途中で,ターセルの総走行距離が123456マイルになった.2003年に泣く泣く手放した時には17万マイルになっていた.

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-11-2008

→ その1

その2 砂漠に到着 Shoshone.人口は100となっている

バークレーを出て高速580号線を西へ,そして5号線を南へ.この5号線は西海岸を南北に走る高速道路だ.遠く離れた街をつなぐ道.その5号線まで来ると,旅に出たという気分になった.

南に行くにつれて早くも雨が止んだ.少しあっけなかった.

この旅にはカセットテープを何本も持っていったけれど,一番記憶に残っているのはイーグルスのベスト盤.何となく砂漠のイメージがあるバンドだ.他には,バディ・ホリー,ビートルズ,ミッチ・ライダーなどを持って行った.

4時間ほど南下した後,ガソリンを入れるついでに自分がいる場所を確認した.ベイカーズフィールド (Bakersfield) の少し東にいることが判った.昼食の休憩,アリゾナ州の地図を手に入れる,などの為に少し5号線をそれてベイカーズフィールドに向かった.

ベイカーズフィールドのAAAで詳しく計画を立てることにした.ほとんど何も決めずに出発したけれど,そろそろ行き先をはっきり決めなくてはいけなかった.アリゾナと言ってもかなり広い.どこに行けば砂漠があるのか?ぼんやりと,ビートルズの Get Back に出てくる Tucson, Arizona に行きたい,と思っていたのだけれど,地図を見てみるとそのトゥーソンはかなり遠いということが判明した.今まで来た距離の2倍ほどあった.

昼食を食べながら地図を見て思ったのは,ロサンゼルスを通りたくない,ということだった.その日は大都会の喧騒,渋滞とは無縁でいたい.とすると,ベイカーズフィールドから南にではなくて,西に向かうしかない.そして,地図の中の Death Valley が目に留まった.

死の谷.砂漠には違いない.その名前が目に留まった一瞬で行き先が決まった.さほど遠くないし,しかもユースホステルまである.

ベイカーズフィールドから西に2時間ほど走り,ベイカー (Baker) という小さな街から北に向かった.それは127号という名前がついている道だったけれど,ここまでの道とは全く様子が違った.同じ方向に行く車を見ることはなくなり,すれ違う車も急に少なくなった.ただ赤茶色の土と山.それ以外には何もない.そんな道を,ユースホステルがある街,テコパ (Tecopa) を目指して走った.

バークレーを出てから7時間ほどでテコパのユースホステルに着いた.テコパは街というよりも集落だった.道沿いに数えるほどの家と雑貨屋がひとつ.ガソリンスタンドさえ無かった.ユースホステルはそんな集落の外れにあった.何だか世界の果てのような街だったけれど,ユースホステルには僕の他にふたり宿泊客がいた.そのユースホステルはアルディーンおばさんがひとりでやっていて,スパーキーとスモーキーという2匹の猫と犬が1匹いた. Sparky (手前)と Smokey (奥)

そこからデスバレーまでまだかなり距離があったので,その日はテコパと近所の都会シュショーニ (Shoshone) を探索することにした.

→ その3

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-10-2008

始めに : Death Valley(死の谷)に行ってからちょうど10年になる.この旅では,僕の心に深く刻まれることが多くあったので,今でもその時見た風景などを鮮明に思い出せる.だから10年という非常に長い時間が経ったのが信じられない.これは,その旅の第1日目の話.

その1 なぜ砂漠を目指したのか死の谷と呼ばれる砂漠

1998年1月,死の谷 Death Valley を訪れた.大学4年の冬休み,卒業が近づいていたけれどその後の予定は未定,という少し精神的に不安定な時期だった.大学院に進学しよう,と冬休みの少し前にやっと決めたけれど,願書を提出するなど具体的な準備は全く出来ていなかった.

その不確かな未来がもたらす憂うつさに,さらに拍車をかけていたのが「エルニーニョ」だ.その耳慣れない言葉が何を意味するのは知らなかったけれど,その冬のバークレーは雨が多かった.雨が嫌いな僕は,来る日も来る日も雨の冬休みをすっきりしない気分で過ごしていた.

1月6日の朝もその前日と同じように,しとしとと雨が降っていた.ベッドの上で雨の音を聞きながら「アリゾナの砂漠に行こう」と決めた.砂漠ならこの雨から逃れられるだろう.簡潔だけど説得力のある意見だ.すぐに出発することにした.目的は砂漠でサボテンを見ること.

旅の準備は簡単だった.2泊3日分の着替え.全米のユースホステルのガイドブック.運転中に聴くためのカセットテープ.それ以外に持っていく物は思いつかなかった.持って行かないと決めた物がひとつあった.傘だ.愛車ターセルの中に常備していた傘を,この旅に出る前に降ろした.傘のいらない場所へ行きたかった.


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→ その2
→ その3

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-08-2008

コロラド大学の女子バスケットボールチームに,ブリトニー・スピアーズ がいる.同姓同名.漢字もいっしょ.漢字じゃなかった.つづりもいっしょ.
と思ったらつづりは違った.発音は同じ だけど.

ま,それだけじゃなんだから,ということで,同じチームに ホイットニー・ヒューストン もいる.つづりもいっしょ.

ブリトニーは1年生で185センチ,ホイットニーは2年生で165センチ.ふたりはルームメイトだということだ.ホイットニーは試合前に国歌斉唱もしちゃう歌手らしい.ブリトニーの歌唱力は不明.

名前だけだったら,ふたりともドーピングが怪しまれるけど,そんなことは全くないようだ.

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Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-07-2008

ベイズの統計学では,事前確率から情報(データ)を使って事後確率を導く.

レモン色タクシーの例 だと,事前確率というのは「レモン色タクシーは 1%」.情報は「おばあちゃんにレモン色に見えた」で,事後確率が「目の前のタクシーがレモン色の確率」

もし,何の情報も無ければ,「目の前のタクシーがレモン色の確率」は 1% だけど,「おばあちゃんにレモン色に見えた」という情報によって,その確率は 16% に更新された.

この 16% という値は,情報の質によって左右される.この物語の中では,おばあちゃんの正解率は 95% だったけれど,これがもっと高ければ,おばあちゃんにレモン色に見えた場合,それが本当にレモン色の確率はもっとあがるし,逆におばあちゃんの正解率(情報の質)が悪ければ,大もとの 1% からあまり変わらない.

横軸がおばあちゃんが正解の確率で,縦軸が目の前のタクシーがレモン色の確率.おばあちゃんの正解の確率が 99% になってやっと,レモン色タクシーの確率が 50% になる.もちろんおばあちゃんが絶対に正しいなら,おばあちゃんが「レモン色」と言えば 100% レモン色.

95% と言えばかなり高い正解の確率のような気がするけれど,元々レモン色タクシーは 1% しかないので,目の前のタクシーがレモン色の確率はなかなか上がらない.要するに,繰り返しになるけど,めったに起こらないことは誰が何と言おうとめったに起こらない,ということだ.

レモン色タクシーの割合が増えれば,目の前のタクシーがレモン色である確率も一気に上がる.もし 50% のタクシーがレモン色なら,おばあちゃんが「レモン色」と言えば,それがレモン色の確率は 95%.黄色もレモン色も同じ割合であれば,事前の情報は無いといっしょだから,正解率 95% のおばあちゃんがレモン色,と言えば,レモン色である確率は 95% だ.

ベイズの理論は日常生活で無意識に使われていると思う.何となく確率を思い浮かべていて,与えられた情報によってその確率を更新する.でも,きちんとやろうとすると,最初に思い浮かべる確率(事前確率)と情報の質をしっかり見極めなくてはいけない.それは非常に難しい.

例えば・・・
「今年中に結婚できる確率は 5% くらいかしらね」(事前確率)
→「でも、正解率 90% っていう噂の占い師に『結婚できますよ』って言われたわ」(情報)
→「今年中に結婚できる確率は•••?」(事後確率)

でもこの場合,事前確率の 5% は忘れ去られて,90% って結論づけるかな?あるいは 100% だと結論づけるかな?

「よく当たる」占い師に何か言われたら,レモン色のタクシーの話を思い出すといいかもしれない.「そんなこと起こるはずないじゃん」って思ったら,きっとほんとにそんなこと起こるはずないんだと思う.

平成171819202122232425262728293031323310111210111213141516171819202122232425262728293031日 月曜日|統計学コメント(0)

Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-02-2008

確率を学ぶ時に必ず通るベイズの法則.物語にしてみた.語り手が女の子なのはなぜだろう?昔書いた物語の主人公も女の子だったなぁ.あ,あれはメス猫か.

--- --- --- ---

ハーイ,わたしの名前はシャーリー.マンハッタンに住んでるの.

昨日,おばあちゃんといっしょにマンハッタンの下の方,ビジネス街の方に行ったんだけど,その時の話.レモン色タクシー知ってる?ニューヨークのタクシーってみんな黄色って思われてるけれど,少しだけ,レモン色タクシーが走ってるの.みんな「幸せのレモン色タクシー」って呼んでるわ.レモン色タクシーに乗った日は何かいいことがあるからなの.でもぱっと見ただけじゃ,なかなか違いが分からないのよ.レモン色タクシーに乗ってるのに気づいていない人もいっぱいいるわ.気にしてないのね.わたしはタクシーに乗る時は,いつもちゃんと気をつけて見てるの.でも,まだ幸せのレモン色タクシーに乗ったことはないの.レモン色タクシーが来るまでずっと待っているっていうのはいけないのよ.停まってくれたら,黄色のタクシーでも乗らなきゃいけないの.そのすぐ後ろにレモン色タクシーが来ててもね.幸せって,向こうからやってくるのを待ってなくてはいけないからよ.自分から向かっていっちゃだめ.

わたしの友達はみんな「幸せのレモン色タクシー」のことを気にしてるわ.大人はそうでもないみたい.なんでかって言うと,目が悪くなると黄色かレモン色かよくわからなくなっちゃうのよ.でも,わたしのおばあちゃん,もうすぐ70歳なんだけど,すごいんだから.ちゃんと黄色のタクシーとレモン色タクシーの区別ができるの.わたしが幸せのレモン色タクシーが好きっていうの知ってるから,「また黄色のタクシー,残念ね」とか言うのよ.おばあちゃんといっしょにいた時にレモン色タクシーを見かけたのは一度だけ.その時もおばあちゃん,ちゃんと見えていたわ.「レモン色のタクシーよ」って.でも乗れた訳じゃないの.見かけただけ.おばあちゃんの視力は,折り紙つきなのよ.おばあちゃんの目医者さんは,目の検査をする時にタクシーの色を使って検査するの.微妙な色の違いも見えるかな?って.黄色のタクシーとレモン色タクシーの写真を使って,「これはどちらですか?」ってね.

普通,おばあちゃんの年齢だと,全然分からないんだけど,おばあちゃんは95点だったのよ.黄色のタクシーを見たら95%の確率でちゃんと黄色って当てたし,レモン色タクシーも95%の確率でレモン色って当てたのよ.目医者さんもびっくりしてたわ.若い人でも,なかなかいないんだって.95点って.

そう,それで昨日の話ね.朝からおばあちゃんと出かけて,用事を済ませて家に帰るところだったのよ.まだ朝の11時頃だったわ.マンハッタンの下の方で,タクシーを待っていた時ね.わたしが靴のひもを結びなおそうとしてかがんでる時にちょうどタクシーが来たの.靴のひもは完全にはほどけてなかったんだけど,ちょっとゆるくなってたの.わたしってこう見えて結構慎重で用心深いのよ.靴のひもは,たいていほどける前に結びなおすわね.ちょうど,靴のひもを結びなおした時に,おばあちゃんが「シャーリー!レモン色のタクシーよ.レモタクが来たわよ」って言ったの.びっくりしちゃった.おばあちゃんが「レモタク」なんて言うんだもの.わたしが喜ぶと思って,若い人の言葉遣いをするのね.やさしいおばあちゃんなのよ.でもわたしは「レモタク」なんて言わないわ.そんな風に略してしまったら幸せ加減も減ってしまいそうじゃない?長ったらしいけど,いつも「幸せのレモン色タクシー」って言わなくてはいけないのよ.黄色のタクシーは「キイタク」って言ってもいいけどね.

とにかく,おばあちゃんの「レモタク」に驚いてからすぐ,事の重大さに気づいたわ.ついに幸せのレモン色タクシーが来たのよ.すごくうれしくってどきどきしたわ.でもね,「でも・・・」って思ったの.こんなに喜んじゃっていいのかしら?って.まだ自分で確認した訳じゃないのに.おばあちゃんのこと大好きだし,おばあちゃんがすごいっていうのも分かってるけど,こんなに喜ぶのはまだ早いわ,って思ったのよ.わたしって結構慎重で用心深いって言ったかしら?

そう思った時はまだ地面しか見えてなかったわ.靴のひもを結んでいたからね.だからタクシーが見える前にいろいろ考えてみたわ.

おばあちゃんは黄色のタクシーを見たら95%の確率で黄色って分かるの.
おばあちゃんはレモン色タクシーを見たら95%の確率でレモン色って分かるの.
ほとんど間違わないってことね.

でも,その時わたしが知りたかったのは,おばあちゃんが「レモン色タクシーよ」って思った時にほんとにレモン色タクシーを見てる確率なのよ.だいたい,レモン色タクシーってすっごくめずらしいのよ.マンハッタンを走ってるタクシーは1万台くらいだけど,レモン色タクシーってたったの100台くらいしかないのよ.1%ね.

詳しい計算は出来なかったけれど,その時タクシーの色を見る前に,このタクシーがレモン色の確率は95%よりも1%の方に近いはずだわ,って気がしたの.1%って言ったらすごく小さいわ.だから,あまり期待しちゃいけなさそうね.タクシーの色が目に入る前にそんなことを考えたのよ.

そんなに短い間にそんなにいろいろ考えられる訳がない,って思うでしょ.そう,ちょっとだけずるしたわ.目をつぶってたの,完全に立ち上がるまで.でも,立ち上がった時には考え終わっていたからすぐに目を開けたわ.

やっぱり普通の黄色いタクシーだったの.でも全然がっかりしなかったわ.どちらかというと,自分の考えが合っていた気がして,なんだかうれしくなったの.それでニコニコしていたんだと思うわ.おばあちゃんもそんなわたしを見てニコニコしてたの.「シャーリー,幸せのレモン色タクシーよ」って言いながら,その黄色いタクシーに乗ったのよ.わたしはおばあちゃんに,「今日は何かいいことがありそうな気がするわ」って言ったわ.ほんとにそんな気がしたの.

--- --- --- ---

この話には下地がある.僕が大学3年生だった時に,統計学の基礎というようなクラスでベイズ理論を学んだ時に,タクシーの色の違いが判るニューヨーク在住のおばあちゃん(フィクション)を例にしてベイズ理論の説明をした新聞記事か何かを読んだ.そこでのタクシーの色は chartreuse だった.そんな色聞いたこと無かったけれど,この時に覚えた.ニューヨーク,タクシーの色,おばあちゃん,でベイズ理論のお話が書きたかっただけです,あしからず.

実はこのお話には教訓がたくさんある.そのうちのひとつは「老人の言うことは信用できない」ではなくて,「確率の低いことは,誰が何て言ったって確率は低い」ということだ.

レモン色の確率は何もない状態では 1% だったけど,計算してみると,おばあちゃんにレモン色に見えた時点で 16% にあがる.かなり高くなったけど,ほぼ間違えない (95%) おばあちゃんが言ったにしては,なんとなく低い気もする.ま,そういう訳だ.

続く

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