Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 01-02-2008
確率を学ぶ時に必ず通るベイズの法則.物語にしてみた.語り手が女の子なのはなぜだろう?昔書いた物語の主人公も女の子だったなぁ.あ,あれはメス猫か.
--- --- --- ---
ハーイ,わたしの名前はシャーリー.マンハッタンに住んでるの.
昨日,おばあちゃんといっしょにマンハッタンの下の方,ビジネス街の方に行ったんだけど,その時の話.レモン色タクシー知ってる?ニューヨークのタクシーってみんな黄色って思われてるけれど,少しだけ,レモン色タクシーが走ってるの.みんな「幸せのレモン色タクシー」って呼んでるわ.レモン色タクシーに乗った日は何かいいことがあるからなの.でもぱっと見ただけじゃ,なかなか違いが分からないのよ.レモン色タクシーに乗ってるのに気づいていない人もいっぱいいるわ.気にしてないのね.わたしはタクシーに乗る時は,いつもちゃんと気をつけて見てるの.でも,まだ幸せのレモン色タクシーに乗ったことはないの.レモン色タクシーが来るまでずっと待っているっていうのはいけないのよ.停まってくれたら,黄色のタクシーでも乗らなきゃいけないの.そのすぐ後ろにレモン色タクシーが来ててもね.幸せって,向こうからやってくるのを待ってなくてはいけないからよ.自分から向かっていっちゃだめ.
わたしの友達はみんな「幸せのレモン色タクシー」のことを気にしてるわ.大人はそうでもないみたい.なんでかって言うと,目が悪くなると黄色かレモン色かよくわからなくなっちゃうのよ.でも,わたしのおばあちゃん,もうすぐ70歳なんだけど,すごいんだから.ちゃんと黄色のタクシーとレモン色タクシーの区別ができるの.わたしが幸せのレモン色タクシーが好きっていうの知ってるから,「また黄色のタクシー,残念ね」とか言うのよ.おばあちゃんといっしょにいた時にレモン色タクシーを見かけたのは一度だけ.その時もおばあちゃん,ちゃんと見えていたわ.「レモン色のタクシーよ」って.でも乗れた訳じゃないの.見かけただけ.おばあちゃんの視力は,折り紙つきなのよ.おばあちゃんの目医者さんは,目の検査をする時にタクシーの色を使って検査するの.微妙な色の違いも見えるかな?って.黄色のタクシーとレモン色タクシーの写真を使って,「これはどちらですか?」ってね.
普通,おばあちゃんの年齢だと,全然分からないんだけど,おばあちゃんは95点だったのよ.黄色のタクシーを見たら95%の確率でちゃんと黄色って当てたし,レモン色タクシーも95%の確率でレモン色って当てたのよ.目医者さんもびっくりしてたわ.若い人でも,なかなかいないんだって.95点って.
そう,それで昨日の話ね.朝からおばあちゃんと出かけて,用事を済ませて家に帰るところだったのよ.まだ朝の11時頃だったわ.マンハッタンの下の方で,タクシーを待っていた時ね.わたしが靴のひもを結びなおそうとしてかがんでる時にちょうどタクシーが来たの.靴のひもは完全にはほどけてなかったんだけど,ちょっとゆるくなってたの.わたしってこう見えて結構慎重で用心深いのよ.靴のひもは,たいていほどける前に結びなおすわね.ちょうど,靴のひもを結びなおした時に,おばあちゃんが「シャーリー!レモン色のタクシーよ.レモタクが来たわよ」って言ったの.びっくりしちゃった.おばあちゃんが「レモタク」なんて言うんだもの.わたしが喜ぶと思って,若い人の言葉遣いをするのね.やさしいおばあちゃんなのよ.でもわたしは「レモタク」なんて言わないわ.そんな風に略してしまったら幸せ加減も減ってしまいそうじゃない?長ったらしいけど,いつも「幸せのレモン色タクシー」って言わなくてはいけないのよ.黄色のタクシーは「キイタク」って言ってもいいけどね.
とにかく,おばあちゃんの「レモタク」に驚いてからすぐ,事の重大さに気づいたわ.ついに幸せのレモン色タクシーが来たのよ.すごくうれしくってどきどきしたわ.でもね,「でも・・・」って思ったの.こんなに喜んじゃっていいのかしら?って.まだ自分で確認した訳じゃないのに.おばあちゃんのこと大好きだし,おばあちゃんがすごいっていうのも分かってるけど,こんなに喜ぶのはまだ早いわ,って思ったのよ.わたしって結構慎重で用心深いって言ったかしら?
そう思った時はまだ地面しか見えてなかったわ.靴のひもを結んでいたからね.だからタクシーが見える前にいろいろ考えてみたわ.
おばあちゃんは黄色のタクシーを見たら95%の確率で黄色って分かるの.
おばあちゃんはレモン色タクシーを見たら95%の確率でレモン色って分かるの.
ほとんど間違わないってことね.
でも,その時わたしが知りたかったのは,おばあちゃんが「レモン色タクシーよ」って思った時にほんとにレモン色タクシーを見てる確率なのよ.だいたい,レモン色タクシーってすっごくめずらしいのよ.マンハッタンを走ってるタクシーは1万台くらいだけど,レモン色タクシーってたったの100台くらいしかないのよ.1%ね.
詳しい計算は出来なかったけれど,その時タクシーの色を見る前に,このタクシーがレモン色の確率は95%よりも1%の方に近いはずだわ,って気がしたの.1%って言ったらすごく小さいわ.だから,あまり期待しちゃいけなさそうね.タクシーの色が目に入る前にそんなことを考えたのよ.
そんなに短い間にそんなにいろいろ考えられる訳がない,って思うでしょ.そう,ちょっとだけずるしたわ.目をつぶってたの,完全に立ち上がるまで.でも,立ち上がった時には考え終わっていたからすぐに目を開けたわ.
やっぱり普通の黄色いタクシーだったの.でも全然がっかりしなかったわ.どちらかというと,自分の考えが合っていた気がして,なんだかうれしくなったの.それでニコニコしていたんだと思うわ.おばあちゃんもそんなわたしを見てニコニコしてたの.「シャーリー,幸せのレモン色タクシーよ」って言いながら,その黄色いタクシーに乗ったのよ.わたしはおばあちゃんに,「今日は何かいいことがありそうな気がするわ」って言ったわ.ほんとにそんな気がしたの.
--- --- --- ---
この話には下地がある.僕が大学3年生だった時に,統計学の基礎というようなクラスでベイズ理論を学んだ時に,タクシーの色の違いが判るニューヨーク在住のおばあちゃん(フィクション)を例にしてベイズ理論の説明をした新聞記事か何かを読んだ.そこでのタクシーの色は chartreuse だった.そんな色聞いたこと無かったけれど,この時に覚えた.ニューヨーク,タクシーの色,おばあちゃん,でベイズ理論のお話が書きたかっただけです,あしからず.
実はこのお話には教訓がたくさんある.そのうちのひとつは「老人の言うことは信用できない」ではなくて,「確率の低いことは,誰が何て言ったって確率は低い」ということだ.
レモン色の確率は何もない状態では 1% だったけど,計算してみると,おばあちゃんにレモン色に見えた時点で 16% にあがる.かなり高くなったけど,ほぼ間違えない (95%) おばあちゃんが言ったにしては,なんとなく低い気もする.ま,そういう訳だ.