Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday, 10-03-2005
誕生の話1:陣痛
誕生の話2:麻酔
誕生の話3:プッシュ
誕生の話4:誕生!
誕生の話5:泰河
妻まりの出産予定日は2005年10月12日だったけど,出産はちょっと早まって10月3日(月)だった.
その前の金曜日の夜,日本に帰国する友達のお別れ会を仲良し4家族(含乳児2人)で開いた.「もう少し出産が早まったら会えたのにね」と帰国の友達は寂しそうだった.まりはこの集まりをとても楽しみにしていたので,これが過ぎたらいつ産んでもいい,と前々から言っていた.
翌日の土曜日は特にこれといったイベントはなく,キッチンの蛍光灯のカバーを取り替えたかったので,その買い物に行った.しかし,取替えの作業中に天井が少し傷んでいるのを発見したので,翌日修理することに決定.
さて10月2日,日曜日.僕は朝からホームディポ (Home Depot) に蛍光灯を天井に取り付けるための部品などを買いに行く予定だった.午後には,花壇を拡張してチューリップの球根を植えよう,と思っていた.フットボールも見なくてはいけない.
ところが,僕が起床した後すぐ,まりも起きてきて「大変,おしるしがあった!」と言ったので,その日の予定はがらっと変わった.すぐに病院に行く,ということなんだろうか?陣痛も今までよりちょっと強くなったようだった.それまではおなかが硬くなる程度だったけれど,この日の陣痛は少しだけ痛い,ということだった.とりあえず,陣痛の間隔の様子を見ながら日常生活を送ることにした.
陣痛の間隔が5分になったら病院に電話する,と習っていたのだけど,まだ予定日までかなりあったので,まりも僕もやや半信半疑だった.特にまりは「本当の陣痛は腰から痛くなるって言うけど,今はただ下腹部が痛いだけだからこれは違うに違いない」と言っていた.朝のうちは陣痛の間隔は20分ほどあったので,まだかなり余裕があったけど,どうやらその日のうちに病院に行くことになりそうだったので,歯ブラシとかコンタクトレンズのケースとか,最後まで準備できなかった品々を出産準備バッグにつめた.
僕は蛍光灯の修理も花壇の拡張も諦めたので,お昼頃には特にやることがなくなったので予定通りテレビでフットボールを見た.まりもいつものようにインターネット閲覧なんかをして,ふたりとものんびりと午後を過ごした.
時間が経つにつれて陣痛が少しずつ激しくなって,間隔も短くなった.でも例の腰からの痛み,はなく、どうも下腹部だけが痛いようだった.まだ,まりもかなり余裕だった.
そして午後5時頃,陣痛が5分間隔になったので病院に電話して,その日の当直だったノーマン先生に状況を伝えた.いろいろ訊かれたけれど,最後の質問は「陣痛が痛くて泣いているか?」だった.「いやまだです・・・」と答えると「では,あと2時間ほど様子を見なさい」と言われた.電話をしてすぐに出発するつもりだったので,ちょっと拍子抜けした.
この急に出来た2時間を使ってまりはシャワーを浴びて、僕はアイスクリームを買いに出かけた.ふたりでアイスクリームを食べたりしながら7時になるのを待った.でも7時になっても,陣痛の間隔は5分だったり10分近かったりしたので,この期に及んで,もしかしてまだなのかな,という気持ちもあった.7時半頃,とりあえず,という気持ちでもう一度電話をした.「あともう1時間ほど様子を見ましょう」と言われるのをうっすらと期待していたのだけど,「まだ陣痛はきているか?」という問に「はい」と答えると,それ以上何も訊かれず「では来なさい」と言われた.
病院に向かう車の中でも何度か陣痛が来た.そのうちの一度が今までで一番痛かったらしく,まりは少しだけ泣いていた.「やっぱりノーマン先生の言うことは正しかったんだ」と思った.
あまり早く病院に行くと一度帰らされることがある,というのは何度も聞いていた.ふたりとも,もしかして早すぎるかも,と思っていたので,手提げかばんひとつだけ持って,他の荷物は車に残しておいた.
日曜日の夜だったので,普通の入り口は開いていないものだと思い,言われていた通りに ER (緊急の入り口)に行った.すぐに入れるのかと思っていたけれど,入り口で,荷物検査を受けたり,書類にサインをした後,少しだけ待たされた.しばらくして、まりを車椅子に乗せて分娩室 (LDR - Labor Delivery Recovery) に向かった.